2013年06月08日

『宅間守 精神鑑定書――精神医療と刑事司法のはざまで』感想 <パターン1>

岡江晃『宅間守 精神鑑定書――精神医療と刑事司法のはざまで』
の、劣化系法学徒の感想です。

【本書の概要】
 先程Amazonを覗いてみたら「人気」とついていて驚きました。本人歴等の部分はさておき、末尾の方は割と専門性が高い気がするのですが…。
 どうであれ、昨今話題の本である事には間違いなさそうです。僕自身はあまり詳しくないですが、この手の出版物は初めてか、それに準ずるのではないでしょうか。
 なお、精神鑑定は裁判所が学識経験のある者に鑑定を命ずることができるもので(刑事訴訟法第165条)、裁判所はその結果に拘束されず裁判を行う事となります。


【内容】
「まえがき」・「あとがき」を除けば、後は大阪地裁に提出された鑑定書其の儘(但し一部情報は伏せ字)。
第一章〜第三章が宅間守及びその周囲の人物等から再構成した彼の「客観史」、
第四章〜第六章が彼の内面を精神分析した「主観史」、
とでもなるのでしょうか。


【評論】
 ニュートン卿の墓には「ニュートンのmortalな部分ここに眠る (Here lies that which was mortal of Isaac Newton.)」と書かれているらしい(参照)。本来、各人の生活も各人の肉体に従って亡くなる筈である。今日も卿の不滅の業績 "F=ma" は世界のどこかで生徒が習っているだろうが、例えば「彼が32歳の誕生日に何を食べたのか」などは、知るものは恐らくもういない(穂積陳重先生がニュートンを深く尊敬し、彼の言葉「常に其れを考えることによって」を衝立に書いていた事は有名(穂積陳重『タブーと法律』(書肆心水・2007年・25頁以下))だろう。「名言」も不滅の物と言えるか)。
 この本はその点で驚異の本と言える。宅間守はもう何処かで灰になっている筈だ。しかし、彼の"mortal"な部分はこの様に精神科医によってすっかり暴かれ、また、恰もまだ生きているかのように現在我々の眼前に迫ってきつつあるのである。その上、宅間守の思考形態(と精神科医が感得したもの)までもが分かるのである。最早読者にとって宅間守は「随分前に処刑された他人」とは思えない筈である。

 恐らく誰しもが宅間守の「糞」っぷりに驚愕し、かつ怒るだろう。しかしそれでは此の本が出された意味がない。それは筆者氏の「まえがき」にも切々と説かれている所である。まえがきに書かれた目的とは以下の三つ。即ち

 一 自らの精神鑑定の妥当性を他の精神科医に判断してもらう事
 二 今回の事件は決して突発的に起きたものではない。その道程に精神医療が何らかの貢献が出来なかったか
 三 「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」の確認

 である。

 一は残念乍ら全読者が出来る事ではないだろう。すると、多くの(?)精神科医ではない読者は、二・三の目的が有る事を念頭に読まなくてはならないだろう。
 特に、二の目的は法学徒は重く受け止めるべきである。刑事法が社会を「把握可能」=「(法により)操作可能」な存在ととらえ、「よりよい社会」への漸進をして自らの任である、と自己同定を行う以上、今回ような、法を法とも思わない、或いは法の予定擦る前提から大幅に逸脱する存在が社会に居る、という現象が発生してしまう事を看過する事は出来ない筈である。

 勿論、このような人物は少数派であろう。しかしこのような少数の人物が社会に斯様な巨大なインパクトを与えてしまう以上、<「よりよい社会」への漸進>を果たすには、無視し得る、という結論は出せないであろう。今後の刑事法政策学(民事・行政には提案が散見される。平井宜雄『法政策学』・阿部泰隆『やわらか頭の法戦略』など)に、この本の資する所は大きいだろう。そして一つの結論として出されたのが上述「医療観察法」であるわけであるが、その検討も、本書は目的として挙げている(三)。今後に常に注視してなければならないだろう。

 ところで、此の本の最もいけない利用法は「デバガメ的読書」であろう。それだけは厳に慎まれねばならない。それは(恐らく)真摯な理由から本書を出した筆者氏や遺族に対する、想像を絶する冒涜行為であろうから…。


(所で、これは法律学徒としての読み方。もう少し他の読み方(具体的にはバタイユ『ジル・ド・レ論』、別役実『犯罪症候群』を補助線に用いた読み方)が出来そうな気がします。それはまた後日。)


posted by 毛竹斎染垂 (Kechikusai Shimitare) at 20:12| Comment(0) | 読書感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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